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ちょうのえ

蝶の絵

久生 十蘭

「週刊朝日別冊 記録文学特集号」1949(昭和24)年9月10日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,644 字 · 49 页

青空文庫

山川の召集令状は、まさに寝耳に水で、万策をつくして召集解除の運動をしたが、戦争は敗戦の段階に入って、国家総動員法が発動され、予備少尉では、※疾にでもならぬかぎり、参謀総長の力をもってしても、誤魔化しがきかぬとわかると、下の姉の朝子の夫である、軍務次長の木原大佐を中心に家族会議を開き、

「日本の男が、みな死んでもかまいませんが、花世が死んでは困るのです。絶対に殺さないと、保証していただきます」

山川の母が、木原にそういった。

自由がきき、恐もてがするという点では、参謀副官か、司令部付にかぎるようなものだが、うるさい服務規律があるうえ、何時どんなまずい方面へ飛びだすか知れず、食事情からいっても、内地はありがたいものではない。物資の豊富な、占領地の情報関係の特務将校なら、髪も伸ばしたまま、軍服を着ることもいらず、副官並とか、高等官並とかいう不分明な職名がつくだけで、いっさい区処を受けず、その気になれば、ホテル住いで贅沢もしていられる。

ミッドウェーの無敵海軍壊滅で、M作戦が中止になり、全軍作戦の経過に、それとなき黄昏の色がつくと、占領地の敏感な上層階級は、いちはやく日本の運数を読みとってしまった。