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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

当直の水田検事が、気の毒そうに、この先輩にあたる村松に訊いた。

「……」

村松は物を云うかわりに、首を左右に振って答えた。口を開く気力もないといった風であった。

「では村松さん。貴方はここに死んでいる人を殺した覚えがありますか」

村松は、更に無言のまま首を左右にふった。

「では、この人は、どうしてここに死んでいるのです」

村松はやはり黙々として、かぶりを振った。

「検事はん。血まみれの文鎮についとった指紋が、うまく出よりました。これだす」

そういって、鑑識課員が、白い紙に転写した指紋と、凶器になった文鎮とを差出した。

「それから、ちょっと村松氏の指紋を取ってくれ」

「えッ、村松はんのをでっか」

鑑識子はオズオズと気の毒な容疑者村松検事の顔と、命令する水田検事との顔を見くらべた。それを聞いていた村松検事は、無言のまま、右手を前につきだした。ああその手、鑑識子の前に拡げられた村松の掌には、赤黒い血がベットリとついていた。

鑑識子は物なれた調子で、村松の指紋を別の紙の上に転写して、差出した。

「どうだネ、この両方の指紋は……」

水田検事の声は、心なしか、すこし慄えを帯びているようであった。