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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

そしてそれをくりかえした。

「――御主人! 玉屋さーん」

署長は扉に口をあてんばかりにして呶鳴った。しかし内部からは、なんの応答も聞えなかった。

「こら怪ったいなことや。もっとドンドン叩いてみてくれ」

ドンドンドンと、扉はやけにうち叩かれた。主人の名を呼ぶ署長の声はだんだん疳高くなり、それと共に顔色が青くなっていった。

「――丁度午後十二時や。こらどうしたんやろか」

そのとき広い廊下の向うの隅にある棕櫚の鉢植の蔭からヌッと姿を現わした者があった。

不思議なる惨劇

死と生とを決める刻限は、既に過ぎた。

死の宣告状をうけとったこの邸の主人玉屋総一郎は、自ら引籠った書斎のなかで、一体なにをしているのであろうか。その安否を気づかう警官隊が、入口の扉を破れるように叩いて総一郎を呼んでいるのに、彼は死んだのか生きているのか、中からは何の応答もない。扉の前に集る人々のどの顔にも、今やアリアリと不安の色が浮んだ。

そのとき、この扉の向い、丁度棕櫚の鉢植の置かれている陰から、ヌーッと現われたる人物……それは外でもない、主人総一郎の愛娘糸子の楚々たる姿だった。ところがこの糸子の顔色はどうしたものか真青であった。