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はえおとこ
蠅男
海野 十三
「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页
迷わんと、成仏しとくれやす。南無阿弥陀仏。――」
糸子はワナワナ慄う口唇をじっと噛みしめながら、胸の前に合掌した。若い警官たちは、めいめいの心の中に、この慨き悲しむ麗人を慰めるため、一刻も早く犯人を捕えたいものだと思わぬ者はなかった。
帆村荘六とて、同じ思いであった。彼は糸子の傍に近づき、もう余り現場に居ない方がいいと思う旨伝えて、父の霊に別れを告げるよう薦めた。
糸子はふり落ちる泪の中から顔をあげ、帆村に礼などをいった。彼女の心は本当に落つきを取り戻してきたものらしい。彼女は父の屍体を、初めて見るような面持で見上げた。そして帆村の腕を抑えて、思いがけないことを問いかけた。
「もし――。父はこういう風に下っていたところを発見されたんでっしゃろか」
「もちろん、そうですよ。それがどうかしましたか」
帆村には、この糸子の言葉がさらに腑に落ちかねた。
「いや別に何でもあれしまへんけれど――よもや父は、自殺をするために自分で首をくくったのやあれしまへんやろな」
「それは検事さんの調べたところによってよく分っています。犯人は鋭い兇器をもってお父さまの後頭部に致命傷を負わせて即死させ、それから後にこのように屍体を吊り下げたということになっているんですよ。