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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

彼の父はこの温泉の経営している電鉄会社の顧問だったので、彼は一度来て味をしめると、そののちは母にねだって書生を伴に、毎日のように遊びに来たものである。しかし書生はカラクリや室内遊戯をあまり好まず、坊ちゃん、そんなに遊戯に夢中になっていると身体が疲れますよ、そうすると僕が叱られますから向うへ行って休憩しましょうと、厭がる荘六の手をとって座席の上に坐らせたものだ。

その座席は少女歌劇の舞台を前にした座席だったので、自然少女歌劇を見物しながら休息しなければならなかった。書生はここへ来ると俄然温和しくなって、荘六のことをあまり喧しく云わなかった。その代り彼は、突然団扇のような手で拍手をしたり、舞台の少女と一緒に唱歌を歌ったり、それからまた溜息をついたりしたものである。荘六は子供心に、書生が一向休憩していないのに憤慨して、ヨオお小用が出たいだの、ヨオ蜜柑を買っておくれよ、ヨオ背中がかゆいよオなどといって書生を怒らせたものである。――いま橋の上から、十何年ぶりで、新温泉の建築を見ていると、そのときの書生の心境をハッキリ見透せるようで頬笑ましくなるのであった。