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さいぎょうのめ
西行の眼
下村 湖人
「青年」1933(昭和8)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,096 字 · 7 页
同時に、彼の胸のなかに渦巻いていた黄臭い煙も、何処へやら消えうせて行った。そして、室にみなぎるものは、秋のゆうべの、うっすらとした寂かな光のみであった。
かなり永い間、二人はその寂光のなかに、二つの温かい石像のように坐っていた。
やがて文覚はしずかに眼を落し、頭をたれて、西行に仏の道を問うた。それから二人のほがらかな話声が永いこと室外にもれて、文覚の弟子たちの耳をそばだてさした。
西行が、再び瓢然として、その寒そうな姿を神護寺の門外に運び去った時、弟子たちは、かねての豪語にも似ぬ文覚の態度を詰った。
文覚の答は、しかし簡単であった。
「西行はわしに殴られるような男ではない。わしこそ、うんと西行に殴って貰わねばならぬのじゃ。」
仏門にはいったからには、西行のように、一切の名利を捨てて一所不住の生活をするのが本筋なのか、それとも、人間であるからには、文覚のように、あくまでも人を動かし、世と戦うことを忘れてはならないのか、それは、しばらく別として、ここでわれわれの考えて見たいのは、二人の魂の落ちつくどころである。火のような文覚の眼と、水のような西行の眼が、何を意味するかである。