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なぞのおんな
謎の女
平林 初之輔
「新青年 第一三巻第一号」1932(昭和7)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,077 字 · 18 页
龍之介もシートの背に上体をもたせて、眼をつぶっていた。
「貴方どんなお仕事をなすってらっしゃるの?」
だしぬけに彼女は低い声で訊ねた。
「つまらない仕事ですよ、二週間社から暇を貰って、議会弥次漫談という記事を書かされちゃったんです。もっとも材料はここへもってきているんで、ただ書きさえすりゃいいんですがね」
こう言いながら、彼は網棚の上の鞄を指さした。
「あたしお手伝いしますわ、貴方が口で言って下さりゃ、あたし筆記しますわ、ぼんやりしてちゃ退屈ですから、外へはうっかり出られませんし――」
「手伝っていただく程の仕事じゃないんですよ、ほんとの与太原稿で、新聞の記事なんて、馬鹿にならなきゃ書けませんね。与太さえ書いてりゃ読者にも受けるし、読者よりももっと幹部に受けるのですからね。どこでもそうですが、新聞社でもいちばん頭のないのは幹部ですよ」
「そうでしょうね、今の若い方はたいてい頭が進んでますから」
「ところで」、と龍之介は不意に思い出して言った。
「僕たちは夫婦というふれこみにすると言葉使いもいくらか変えなきゃいけませんね。たとえば僕が貴女のことを呼ぶ時に、道子さんではあんまり改まりすぎますし、貴女が僕のことを島さんと言っちゃおかしいですからね」