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まずしきひとびとのむれ

貧しき人々の群

宮本 百合子

「中央公論」1916(大正5)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 59,959 字 · 118 页

青空文庫

彼の眼つきはすっかり私を恐れさせる。私は、彼の傍を落付いて通ることさえ出来ないのであった。

何だか今にも飛付いて頸を締められそうな気がする。そして、コソコソと出来るだけ彼の目から避けて通り過ぎながら、心のうちには自分が何か彼にしなければならないという感情と、この上もない気味悪さが混乱した、大嵐が吹いているのであった。

万一どんなか方法によってこの白痴だと思われている子のうちから、何かの輝きが見出される筈であるのを、傍の者が放擲(ほうてき)してしまったばかりで、一生闇の世界で終ってしまうようなことがあれば、ほんとに恐ろしいことである。

今まで死なないところを見れば、どこかに生きる力は持っているのだ。

十一年保っていた命の力は大きいものである。ましてここいらの、ほんとに人間を生長させるには不適当なようなすべての状態にある所では殊にそうである。

空想ではあろうけれども、私は彼の霊と通っている何かが必ず一つはあるだろうということを思い、それに対しての彼は聰明なのじゃあないかなどと思った。

彼の親父は人間の仲間では気違いである。けれども犬と彼とはどれほど仲よく互に心を感じ合っていることか。