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あかひげしんりょうたん

赤ひげ診療譚

山本 周五郎

08 氷の下の芽

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,146 字 · 40 页

青空文庫

おえいは暴れるのをやめた。

「この人が逃げだそうとしたんです」と中年の女の一人が云った、「あたしがおかわを替えて戻って来ると、この人がそこの戸をあけて、外へ出ようとしていたもんですから」

中庭へおりる杉戸が、半ばあいているのを、女は指さしてみせた。登はその戸を閉めるとき、空がほのかに明るんでいるのを見た。

「この娘は私が預かる」と登は女達に云った、「みんな部屋へ帰ってくれ、御苦労だった」

女たちは病室のほうへ去り、登はおえいを促して自分の部屋へ伴れていった。夜具を片づけていると、森半太夫が来たので、わけを話したうえ、半太夫に残ってもらい、彼は去定のところへ相談にいった。去定はもう机に向かって書きものをしていたが、聞き終ってから筆を措き、暫くなにか考えていて、やがて「うん」と低く溜息をついた。

「麹町で天野と会ったか」と去定はまったくべつのことを訊いた。

「内祝言の盃をしました」と云って、登は話をひき戻した、「あの娘をどうしますか、逃げだそうとしたのはよほどの事情があると思うんですが」

「あの娘は白痴ではない、自分で云うとおりばかのまねをしているんだ」去定は独り言のように呟いてから、ふと、振返って登を見た、「おまえ仔細を聞いてみるか」