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あかひげしんりょうたん

赤ひげ診療譚

山本 周五郎

01 狂女の話

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,384 字 · 41 页

青空文庫

五

「もうおよしなさいまし」お杉は瓠を取ろうとした、「酔ってそんなことを云う方は嫌いです」

瓠を取ろうとしたお杉の手を、登のほうで乱暴につかんだ。ひんやりと温かく、なめらかな手だった。お杉は避けようとはせず、掴まれたままじっとしていた。星の明るい夜で、かなり暖かく、薬園のほうから沈丁花が匂って来た。

「おれを嫌いか」と登がささやいた。

お杉はおちついた声で云った、「酔ってそんなことを仰しゃるあなたは嫌いです」

登は少し黙っていて、それからお杉の手を放した。

「じゃあ帰れ」

「その瓠をあたしに下さい」とお杉が云った、「明日までお預かりしますわ」

「放っとけ」と登は一と口飲んでから云った、「あの気違い娘の世話だけで充分だろう、おれのことなんかに構うな」

お杉は彼の手から瓠を取りあげた。力のこもったすばやい動作で、登はよけることができなかった。お杉は腰掛から立ち、これは明日お返しするからと云って、住居のほうへ去っていった。登は黙ったまま、去っていくお杉の草履の音を聞いていた。

五

そのことがあってから、登はさらにお杉と親しくするようになった。

彼は決して見習医にはならないつもりだった。