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ちょうかきんむ
超過勤務
山本 周五郎
「文藝朝日」朝日新聞社、1962(昭和37)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,619 字 · 31 页
夢をいだいたり、野心に燃えて胸をとどろかしたこともあったんです、信じてください、私だっていちおう人間なんですから」
彼はせかせかとあるきまわる。それはどろぼうが他人の家へはいって、なにも盗む物がないので脱出しようとしたが、こんどは出口がわからなくなった、というようにみえた。
「だがおれはすぐに悟った」と彼はあるきながら云った、「そんな夢や野心が、自分には実現しないだろうということを、おれは貧乏人の子に生まれ、十六の年から稼がなければならなかった、高等小学を出るとすぐ小さな洋品屋の小僧になり、まもなくこのにほん屋百貨店に移った、すると主任の一人が、にんげん学問がなければ出世はできない、おれがいい手本だと云って夜学の学資を出してくれ、おれは簿記と英語の夜学へかよった、その主任は云ったものだ、にんげん辛抱がかんじんだ、石の上にも三年というが、縁の下で三十年と思え、人の眼につかないところで辛抱することが、ついにはかえって人の眼につくものだって、――その結果がこんにちのこのおれさまだ、英語と簿記、は、は、は」
そら笑いをして、その声にびっくりして彼は立ちどまり、あたりをせわしく眺めまわした。