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じてん

辞典

戸坂 潤

「経済学大辞典 第四巻」岩波書店、1931(昭和6)年10月、「経済学大辞典 第五巻」岩波書店、1932(昭和7)年1月、「経済学大辞典 追補」岩波書店、1936(昭和11)年10月、「教育学辞典 第一巻」岩波書店、1936(昭和11)年5月、「教育学辞典 第二巻」岩波書店、1937(昭和12)年2月、「現代哲学辞典」日本評論社、1936(昭和11)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,131 字 · 186 页

青空文庫

年少にしてレッシング(G. E. Lessing)やクロップシュトック(F. G. Klopstock)、ルソー(J. J. Rousseau)等に影響され、人間社会の良き教師となることを希望した。一豪族の援助によって一七八〇年イェナ大学に入り神学を専攻の傍ら言語学、古典学等の研究に従い法律学には特殊の興味を有った。後ウィッテンベルクを経てライプツィッヒ大学に転じチューリッヒでは家庭教師となる。フランス革命に際会し、モンテスキュー(Ch. d. S. Montesquieu)やペスタロッチ(J. H. Pestalozzi)から動かされ、又ゲーテ(J. W. v. Goethe)やウィーラント(C. M. Wieland)等の詩人に傾倒した。併し自ら詩才に乏しいのを知って斯の道を断念した。未来の忠実なる妻ラーンを得たのはチューリッヒに於てである。

一七九〇年私講師としてのフィヒテは一学生からカント哲学の講義を求められ之を機会としてカント哲学の研究を始めた。その結果、彼は従来彼を苦しめて来た決定論と自由意思論との対立がカントによって始めて解かれることが出来たと考えた。