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とんそう

遁走

葛西 善蔵

「新小説」1918(大正7)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,581 字 · 23 页

青空文庫

僕はその時も君が困っている時だったから何も言わなかったけれど、君はいつもそうして蔭へ廻っては友だちを出汁に使って、そして自分だけいい顔しているようなことをやるじゃないか。なぜ君はもっと素直になれないのだ! 君はいつもいつも……」こう言って平生から感情強い佐々木は、テーブルの上に大きな身体を突附せたかと思うと、ワッと声を揚げて泣いてしまったのだ。

新調の羽織を着て、小さな身体に袴を引摺るように穿いた笹川は、やはり後ろに手を組んだまま、深く頭を垂れてテーブルと暗い窓の間を静かに歩いていた。

明いていた入口から、コックや女中たちの顔が、かわるがわる覗きこんだ。若い法学士はというと、彼はこの思いがけない最後の――作家なぞという異った社会の悲喜劇? に対してひどく興味を感じたらしく、入口の柱にもたれて皆なの後ろから、金縁の近眼鏡を光らして始終白い歯を見せてニヤリニヤリしていた。……

私はひどく疲れきって下宿に帰って、床につくとすぐ眠ることはできた。しかし朝眼が醒めてみると、私は喘息の発作状態に陥っていた。昨夜の激情が、祟ったのだ。

雨が降っていた。私はまず、この雨の中を憤然としてトランクを提げて東京駅から発って行ったであろう笹川の姿を、想像した。