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じゅうきちひょうりゅうきぶん

重吉漂流紀聞

久生 十蘭

「小説公園」1952(昭和27)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,456 字 · 52 页

青空文庫

昼七ツ刻、丸太舟を降し、鍋釜、鉄砲、当座の粮米、豚肉などを積み、重吉、音七、薩摩の衆、合せて五人が乗移った。ベケットは舷に出て手を振って見送っていたが、ロシア船は帆をあげて岸から遠ざかり、潮路の果てに帆影を没し去った。

五人が力を合せて漕ぎ進んで行くうちに、地方も間近いところで逆風が吹きおこった。櫓も櫂もきかばこそ、二十里ばかり吹き流され、夜の八ツ時、辛うじてウルップという小島の北側の砂浜に漕ぎつけた。ここに二日いて、七月の七日、日本領エトロフ島へ渡った。

舟を着けたところは、岩山のなぞえにつづく砂地の浜で、小一里ほどむこうに、那智山の滝ほどもあろうかと思われる滝が落ちている。熊の足跡ばかりが見える無人の渚だけれども、ここが日本の領土だと思うと、なつかしさ嬉しさの情が胸元にこみあげ、誰も彼も砂浜に坐りこんだまましばらくは涙にくれていた。

音七は重吉の手をとって、

「さてお船頭、おれは気が狂って首縊りの輪索をつくり、人にもすすめ、自分もその気になって、いくどか縊れ死のうとした。おぬしがとめてくれなんだら、あのとき死んでいたはずだから、この喜びにあうことはなかったろう。