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やこ

野狐

田中 英光

「知識人」1949(昭和24)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,615 字 · 39 页

青空文庫

その前、彼女が私に逢いたく、姉の許に来た時には、日に二百円の収入しかないとこぼしていたと私は聞いていた。けれど、それも彼女のみえっぱりの罪のない嘘だろうと、私はなにもいわなかった。金がなくなって前に関係していた異国人から貰った時計のエルジンを千五百円で売ったとも、いま七、八百円の金しかないともいった。私は彼女と別れる時、置いていった金から推量して、まだ一月ほどしか経たぬのに、それも嘘に違いないと思った。

けれど私はなにもいわずに、その夜は自分の本を売って金を作り、ふたりで酒をのみ、肉鍋をつついて、楽しく遊んだ。一月もむなしかった私の欲情も、その夜から執拗なものになった。さすがの桂子も痛がって、それを厭がるほどだった。いつになく、局部を痛がる桂子にお人好しの私はなんの疑念も持たなかった。ただ依然として、彼女は無知で純情で、可憐そのもののように、私には感じられた。

はじめの約束では、私は、月に時々そうして桂子に逢う積りだった。その度に、金を持ってこようと思っていた。すると桂子は、「そんなに来るたんびにお金なんかいらないわよう」といった。彼女も、勤めを継続しながら、私に時々、逢う積りでいたのだ。