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ながさきのかね
長崎の鐘
永井 隆
「長崎の鐘」日比谷出版、1949(昭和24)年1月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,109 字 · 131 页
実験器械はなく、検査用具もない。紙も持たねば鉛筆も失っている。わずかにメスとピンセットと、縫合針と、いくばくかの消毒薬と繃帯材料が、葦の葉であんだ買い出し篭に入っているばかり。しかしながら我に頭脳があり、眼があり、手が備わっている。私たちは何ものかを獲るであろう。
「爆音近し、伏せろ」
がばと伏せるすすきの中、むっとする草いきれ、蟻があわただしく目の前のすすきの葉をのぼってゆく。
「頭上通過、出発」
よろよろと路上に立ち出でて急ぐ。陽はかんかん頂を照らしつける。
「また爆弾、戦闘機、向こうの岩陰まで走れ」
「薬瓶を割るな、後がないぞ」
退避したり、走ったり、疲れて木陰に休んだり、時計を見てこうしてはおられぬと立ち上がって、まめのため踏みつけるたびに痛い足蹠にひやひやして小石路を歩いたり、一つの地区から次の地区へ移るのに意外に暇どって、身体も疲れるが気力も疲れた。
患者は予想の五倍もいた。どの家にもいた。どこの人かわからぬが走り込んで倒れたなりなので介抱しています、というのもある。家のない竹薮の中に莚を張って転がっている者もある。繃帯材料はなくなった。婦長さんと椿山君とが二里の焼け路を大学まで補給に行く。