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いんじゅう

陰獣

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页

青空文庫

あなたのお気の済む様に、どんなことでも致します。仮令あなたに殺されても、少しもお恨みには思いません。でも、主人丈けは助けて下さい。私はあの人に嘘をついたのです。その上私の為にあの人が死ぬ様なことになっては、私、あんまり空恐ろしいのです。助けて下さい。助けて下さい」彼女は小さな声ではあったが、心をこめてかき口説いた。だが、上からは何の返事もないのだ。彼女は一時の興奮からさめて、気抜けのした様に、長い間そこに立ちつくしていた。併し、天井裏にはやっぱり幽かに時計の音がしているばかりで、外には少しの物音も聞えては来ないのだ。陰獣は闇の中で、息を殺して、唖の様に黙り返っているのだ。その異様な静けさに、彼女は突然非常な恐怖を覚えた。彼女は矢庭に居間を逃げ出して、家の中にも居たたまらなくて、何の気であったか、表へかけ出してしまったというのだ。そして、ふと私のことを思出すと、矢も楯もたまらず、そこにあった自動電話に入ったということであった。

私は静子の話を聞いている内に、大江春泥の不気味な小説「屋根裏の遊戯」を思出さないではいられなかった。若し静子の聞いた時計の音が錯覚でなく、そこに春泥がひそんでいたとすれば、彼はあの小説の思附きを、そのまま実行に移したものであり、誠に春泥らしいやり方と肯くことが出来た。