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いんじゅう
陰獣
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页
という文句があった。それにも拘らず、彼はどうしてあんなに慌てて、たった二日しか間を置かないで、兇行を演じることになったのであろうか。それは或は、態と手紙では油断をさせて置いて、意表に出でる、一種の策略であったかも知れないのだが、私はふと、もっと別の理由があったのではないかと疑った。静子が時計の音を聞いて、屋根裏に春泥が潜んでいると信じ、涙を流して六郎氏の命乞いをしたということを聞いた時、已に私はそれを虞れたのだが、春泥はこの静子の純情を知るに及んで、一層激しい嫉妬を感じ、同時に身の危険をも悟ったに相違ない。そして、「よし、それ程お前の愛している亭主なら、長く待たさないで、早速やっつけて上げることにしよう」という気持になったことであろう。それは兎も角、小山田六郎氏の変死事件は、極めて異様な状態に於て発見されたのである。
私は静子からの知らせで、その日の夕刻小山田家に駈けつけ、初めて凡ての事情を聞知ったのであるが、六郎氏はその前日別段変った様子もなく、いつもよりは少し早く会社から帰宅して、晩酌を済ませると、川向うの小梅の友人の所へ、碁を囲みに行くのだと云って、暖い晩だったので大島の袷に鹽瀬の羽織丈けで、外套は着ず、ブラリと出掛けた。