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いんじゅう
陰獣
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页
彼が犯人であったとしては、少し妙ではありませんか。彼が無実であればこそ、単に彼の持前の厭人癖から(彼が有名になればなる程、その名に対しても、この種の厭人病は極度に昂進するものであります)世間を韜晦したのであればこそ、この様に探しにくいのではないでしょうか。彼は嘗つてあなたがおっしゃった様に、海外に逃出してしまったのかも知れません。そして、例えば上海の支那人町の片隅に、支那人になりすまして水煙草でも吸っているのかも知れません。そうでなくて、若し春泥が犯人であったとすれば、あの様にも綿密に、執拗に、長年月を費して企らまれた復讐計画が、彼にしては道草の様なものであった六郎氏殺害のみを以て、肝腎の目的を忘れた様に、パッタリと中絶されたことを、何と説明したらいいのでしょう。彼の小説を読み、彼の日常を知っているものには、これは余りに不自然な、あり相もないことに思われるのです。
いやそれよりも、もっと明白な事実があります。彼はどうして、小山田六郎氏所有の手袋の釦を、あの天井へ落して来ることが出来たのでしょう。手袋が内地では手に入らぬ外国製のものであること、六郎氏が運転手に与えた手袋の飾釦がとれていたことなど思合せば、かの屋根裏に潜んでいた者は、当の小山田六郎氏ではなく、大江春泥であったと、そんな不合理な事が考えられるでしょ