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いんじゅう

陰獣

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页

青空文庫

それには静子がどれ程巧みに夫を説いたか、六郎氏がどうしてその意見に従う気になったかは明瞭でありませんけれど、兎も角、その日から六郎氏は天井の隙見が出来なくなってしまったのです。併し、想像をたくましくするならば、六郎氏は其頃は、もう天井の隙見にもやや飽きが来ていたのかも知れません。そして、寝室が洋館に代ったのを幸いに、又別の悪戯を考案しなかったとは云えません。何故と云って、ここに鬘があります。彼自身注文した所のふさふさとした鬘があります。彼がその鬘を注文したのは昨年末ですから、無論最初からそのつもりではなく、別に用途があったのでしょうが、それが今、計らずも間に合ったのです。

彼は「屋根裏の遊戯」の口絵で、春泥の写真を見て居ります。その写真は春泥の若い時分のものだと云われている程ですから、無論六郎氏の様に禿頭ではなく、ふさふさとした黒髪があります。ですから、若し六郎氏が手紙や屋根裏の蔭に隠れて静子を怖がらせることから、一歩を進め、彼自身大江春泥に化け、静子がそこにいるのを見すまして、洋館の窓の外からチラリと顔を見せて、ある不思議な快感を味おうと企らんだならば、彼は何よりも先ず、彼の第一の目印である禿頭を隠す必要に迫られたに相違ありませんが、丁度それには持って来いの鬘があったのです。