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ゆきのやどり

雪の宿り

神西 清

「文藝」河出書房、1946(昭和21)年3、4月合併号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,995 字 · 51 页

青空文庫

風はいつの間にかやんでいる。厠の縁に立って眺めると、雪もやがて霽れるとみえ、中空には仄かな光さえ射している。ああ静かだと貞阿は思う。今しがたまで自分の語り耽っていた修羅黒縄の世界と、この薄ら氷のようにすき透った光の世界との間には、どういう関わりがあるのかと思ってみる。これは修羅の世を抜けいでて寂光の土にいたるという何ものかの秘やかな啓しなのでもあろうか。それでは自分も一応は浄火の界を過ぎて、いま凉道蓮台の門さきまで辿りついたとでも云うのか。いや何のそのような生易しいことが、と貞阿はわれとわが心を叱る。京の滅びなど此の眼で見て来たことは、恐らくはこの度の大転変の現われの九牛の一毛にしか過ぎまい。兵乱はようやく京を離れて、分国諸領に波及しようとする兆しが見える。この先十年あるいは二十年百年、旧いものの崩れきるまで新しいものの生れきるまでは、この動乱は瞬時もやまずに続くであろう。人間のたかが一世や二世で見きわめのつくような事ではあるまい。してみればいま眼前のこの静寂は、仮の宿りにほかならぬ。今宵の雪の宿りもまた、所詮はわが一生の間にたまさかに恵まれる仮の宿りに過ぎないのだ。