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ふうちそう
風知草
宮本 百合子
「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页
ひろ子は、暫くそこに佇んだまま、むかごの葉がゆれている竹垣の角を眺めていた。重吉は、口をきかずに出て行った。意識した手荒さでまわした重吉の体の厚みが、手のひらに不自然に印象されて、それはひろ子のこころもちをかげらせた。
自分の用事がすんで、ひろ子が帰ったのは五時すぎであった。御飯をたくことと、おつゆのだしをとっておくことだけをいつも頼む合い世帯のおとよに、
「ただいま。――石田、かえりました?」
ききながら、ひろ子は上り口を入った。
「まだですよ」
「そう。――」
「だしは七輪にかけてありますから……どなたかお客さまです」
がらんとした室に、ひろ子の又従弟に当る青年がひとりで坐っていた。樺太の製紙会社につとめている父親や、引上げて来た母親、子供たちの様子をきいたりして夕飯のしたくが終ったとき、敷石の上を来る重吉の靴音がきこえた。
ひろ子は、上り口へかけて出て行った。
「おかえりなさい」
重吉は黙って、踵と踵をこすり合わせるようなやりかたで靴をぬぎすてて上り、ハンティングを、そこの帽子かけにかけた。いつもの重吉は、書類入の鞄から帽子から、ひどくくたびれたときには、その場で窮屈な上着までひろ子の腕へぬぎかけるのであった。