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かぜたちぬ
風立ちぬ
堀 辰雄
序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页
――私が自分の裡にそういう見知らないような人間性をぼんやりと意識しはじめたのは、入院後間もなく私が院長に診察室に呼ばれて行って、節子のレントゲンで撮られた疾患部の写真を見せられた時からだった。
院長は私を窓ぎわに連れて行って、私にも見よいように、その写真の原板を日に透かせながら、一々それに説明を加えて行った。右の胸には数本の白々とした肋骨がくっきりと認められたが、左の胸にはそれらが殆んど何も見えない位、大きな、まるで暗い不思議な花のような、病竈ができていた。
「思ったよりも病竈が拡がっているなあ。……こんなにひどくなってしまって居るとは思わなかったね。……これじゃ、いま、病院中でも二番目ぐらいに重症かも知れんよ……」
そんな院長の言葉が自分の耳の中でがあがあするような気がしながら、私はなんだか思考力を失ってしまった者みたいに、いましがた見て来たあの暗い不思議な花のような影像をそれらの言葉とは少しも関係がないもののように、それだけを鮮かに意識の閾に上らせながら、診察室から帰って来た。自分とすれちがう白衣の看護婦だの、もうあちこちのバルコンで日光浴をしだしている裸体の患者達だの、病棟のざわめきだの、それから小鳥の囀りだのが、そういう私の前を何んの連絡もなしに過ぎた。