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しょくよく

食慾

豊島 与志雄

「中央公論」1935(昭和10)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,672 字 · 20 页

青空文庫

グリーン・ホテルへ屡々行き、軽井沢の方へ幾度も出かけました。また、附近の別荘は、星野温泉を中心にして、一区劃をなしていましたので、音楽会、絵画展覧会、子供のための談話会、仮装余興会、そんなものが催されまして、私はつとめてそれに出てみました。野口は、そういう場所やそういう事柄を軽蔑してるらしく、何等の興味も示しませんでした。木村さんは、快活に面白がったり、打沈んで夢想に耽ったりしていましたが、そうした気持の晴曇が、私の心に触れてくることが多くなりました。

野口は私たちを置きざりにして、よく一人で出かけることがありました。湯川の小さな溪谷を小瀬の方へさかのぼったり、浅間の麓の森林地帯を、あちこち探険したり、軽井沢への山越えの間道を、踏査したりしました。そして、人影も殆んど見られない淋しい自然の中に、勇敢にはいりこんでゆく彼の姿は、なぜとはなしに、野性の獣という言葉を私に思い出させました。歩き疲れて帰って来ますと、その朗かな、何か混濁したものを払い落してきたような様子に……おう、私は見覚えがあるのです。

東京で、時折、野口が賤しい女に接することがあるらしいのを、私はいつしか感ずるようになっていました。