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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
「ところで田郷さん、S一字でどういうものが表わされているでしょうか」と法水は、調子を弛めずに続けた。「第一に太陽、それから硫黄ですよ。ところが、水銀と硫黄との化合物は、朱ではありませんか。朱は太陽であり、また血の色です。つまり、扉の際で算哲の心臓が綻びたのです」
「なに、扉の際で……。これは滑稽な放言じゃ」と真斎は狂ったように、肱掛を叩き立てて、「貴方は夢を見ておる。まさに実状を顛倒した話じゃ。あの時血は、博士が倒れている周囲にしか流れておらなかったのです」
「それは、いったん縮めた半径を、犯人がすぐ旧どおりの位置に戻したからですよ。それから、もう一度Sの字を見るのです。まだあるでしょう。悪魔会議日、立法者……。そうです、まさしく立法者なんです。犯人はあの像のように……」と法水は、そこでいったん唇を閉じ、じいっと真斎を瞶めながら、次に吐く言葉との間の時間を、胸の中で秘かに計測しているかの様子だった。ところが、突然頃合を計って、
「あのように、立って歩くことの出来ない人間――それが犯人なんです」と鋭い声で云うと、不思議な事には、それとともに――解し難い異状が、真斎に起った。