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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

しかし、不思議な事には、全身にわたって鵜の毛ほどの傷もなく、ただ床へ打ち当てた際に、出来たらしい皮下出血の跡が、わずか後頭部に残されているのみだった。また中毒と思しい徴候も現われていない。両眼もいているが、活気なく懶そうに濁っていて、表情にも緊張がなく、それに、下顎だけが開いているところと云い、どことなく悪心とでも云ったら当るかもしれない、不快気な表情が残っているように思われた。全身にも、単純失神特有の徴候が現われていて、痙攣の跡もなく、綿のように弛緩しているけれども、不審な事には、仄のり脂が浮いている鎧通しだけは、かなり固く握り締めていて、腕を上げて振ってみても、いっこうに掌から外れようとはしない。総体として失神の原因は、伸子の体内に伏在しているものと、思うよりほかにないのであった。法水は心中決するところがあったとみえて、伸子を抱き上げた私服に云った。

「本庁の鑑識医にそう云ってくれ給え。――第一、胃洗滌をやるように。それから胃中の残留物と尿の検査する事と、婦人科的な観察だ。またもう一つは、全身の圧痛部と筋反射を調べる事なんだ」

そうして、伸子が階下に運ばれてしまうと、法水は一息莨の烟をグイと喫い込んでから、