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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
ですから、一語でもその朗誦法を誤ると、韻律が全部の節にわたって混乱してしまいます。しかし貴方が三たびで逼えて、それ以後の韻律を失ってしまったのは、けっして偶然の事故ではないのですよ。その一語には、少なくとも匕首くらいの心理的効果があるからなんです。ですから貴方は、それが僕を刺戟するのに気がついたので、すぐに周章てふためいて云い直したのでしょう。けれども、その復誦には、今も云った韻律法を無視しなければなりませんでした。それが僕の思う壺だったので、かえって収拾のつかない混乱を招いてしまったのです。と云うのは、thrice を避けて、前節の Ban と続けた Banthrice が、Banshee(ケルト伝説にある告死婆)が変死の門辺に立つとき化けると云う老人――すなわち Banshrice のように響くからなんですよ。ねえ田郷さん、僕が持ち出した汝真夜中の……の一句には、こういう具合に、二重にも三重にもの陥穽が設けられてあったのです。勿論僕は、貴方がこの事件で、告死老人の役割をつとめていたとは思いませんが、しかしその、魔女が呪い毒に染んだという三たびは、いったい何事を意味しているでしょうか。