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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
扉が開くと、後向きになった二十三、四がらみの婦人を前に、捜査局長の熊城が苦りきって鉛筆の護謨を噛んでいた。二人の顔を見ると、遅着を咎めるように、眦を尖らせたが、
「法水君、仏様ならあの帷幕の蔭だよ」といかにも無愛想に云い放って、その婦人に対する訊問も止めてしまった。しかし、法水の到着と同時に、早くも熊城が、自分の仕事を放棄してしまったのと云い、時折彼の表情の中に往来する、放心とでも云うような鈍い弛緩の影があるのを見ても、帷幕の蔭にある死体が、彼にどれほどの衝撃を与えたものか――さして想像に困難ではなかったのである。
法水は、まずそこにいる婦人に注目を向けた。愛くるしい二重顎のついた丸顔で、たいして美人と云うほどではないが、円らな瞳と青磁に透いて見える眼隈と、それから張ち切れそうな小麦色の地肌とが、素晴らしく魅力的だった。葡萄色のアフタヌーンを着て、自分の方から故算哲博士の秘書紙谷伸子と名乗って挨拶したが、その美しい声音に引きかえ、顔は恐怖に充ち土器色に変っていた。彼女が出て行ってしまうと、法水は黙々と室内を歩きはじめた。その室は広々とした割合に薄暗く、おまけに調度が少ないので、ガランとして淋しかった。