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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
それが、蝋質撓拗という興味ある病名を附された由縁である。
「蝋質撓拗症※(感嘆符疑問符、1-8-78)」それにはさしもの検事も、激しく卓子を揺って叫ばざるを得なくなった。「莫迦な、君の詭弁も、度外れると滑稽になる。法水君、あれは稀病中の稀病なんだぜ」
「勿論、文献だけの稀病には違いないがね」といったんは肯定したが、法水の声には、嘲弄するような響が罩もっていて、
「けれども、そういう稀らしい神経の排列を、仮りにもし、人為的に作れるとしたら、どうなんだい。ところで君は、筋識喪失というデュシェンヌが創った術語を知っているだろうか。ヒステリー患者の発作中に瞼を閉じさせると、ちょうど蝋質撓拗性そっくりで、全身に硬直状態が起るんだぜ。つまり、猶太人特有の或る風習を除いたら、その病理的曲芸を演じさせることが不可能だと云うのだ」と驚くべき断定を下した。
熊城はそれまで黙々と莨を喫らしていたが、不意に顔を上げて、
「ああ、伸子とヒステリーか……。なるほど、君の透視眼も相当なものさ。ただし問題を、癲狂院でなしに他の方へ転じてもらおう」と彼に似げない味のある言葉を吐いた。それに法水は、思いもつかなかった病理解剖を黒死館の建物に試みて、あくまでその可能性を強調するのだった。