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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

しかし不思議と云うのは、両側の顳に現われている、紋様状の切り創だった。それがちょうど文身の型取りみたいに、細い尖鋭な針先でスウッと引いたような――表皮だけを巧妙にそいだ擦切創とでもいう浅い傷であって、両側ともほぼ直径一寸ほどの円形を作っていて、その円の周囲には、短い線条が百足の足のような形で群生している。創口には、黄ばんだ血清が滲み出ているのみであるが、そういう更年期婦人の荒れ果てた皮膚に這いずっているものは、凄美などという感じよりかも、むしろ、乾燥びた蟯蟲の死体のようでもあり、また、不気味な鞭毛蟲が排泄する、長い糞便のようにも思われるのだった。そして、その生因が、はたして内部にあるのか外部にあるのか――その推定すら困難なほどに、難解をきわめたものだった。しかし、その凄惨な顕微鏡模様から離れた法水の眼は、期せずして検事の視線と合した。そして、暗黙のうち、ある慄然としたものを語り合わねばならなかった。なんとなれば、その創の形が、まさしく降矢木家の紋章の一部をつくっている、フィレンツェ市章の二十八葉橄欖冠にほかならないからであった。

二十八葉橄欖冠の図