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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

しかし、それ以前に、ディグスビイも――と云った僕の一言が、端なくディグスビイの本体を知らない貴女の心を捉えてしまったのです。そして、無意識の裡に、指環を抜いてみたり嵌めてみたり、またクルクル廻したりするような、徴候発作が貴女に現われていきました。そこで僕は、妙に心を唆るような間を置いたのです。その間です――それはただに演劇ばかりでなく、ことに訊問において必要なのですよ。ねえ久我さん、犯人は台本作家ではある代りに、けっして一行のト書だって指定しやしません。その意味で、捜査官というものは、何よりよき演出者であらねばならないのです。いや、冗弁は御勘弁下さい。何より御詫びしておきたいのは、僕は貴女の御許しを俟たずに、心像奥深くを探って闖入していったのですから……」

そこで、法水は、新しい莨を取り出して、その誇るべき演出の描写を繰り拡げていった。

「しかし、その間は混沌たるものです。けれども、その中には様々な心理現象が十字に群がっていて、まるで入道雲のように、ムクムク意識面を浮動しているのです。その状態は、そこに何か衝動さえ与えられれば、恐らくひとたまりもないほど脆弱いものだったに違いありません。