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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

伸子の室は、幾分ポンパドゥール風に偏した趣味で、桃色の羽目を金の葡萄蔦模様で縁取っていて、それは明るい感じのする書斎造だった。そして、左側が細長く造られた書室に入る通路、右側の桔梗色した帷幕の蔭が、寝室になっていた。伸子は法水を見ると、あたかも予期していたかのように、落着いて椅子を薦めた。

「もうそろそろ、お出でになる頃合だと思ってましたわ。きっと今度は、ダンネベルグ様のことをお訊きになりたいのでしょう」

「いやけっして、問題と云うのは、あの屍光にも創紋にもないのですよ。勿論、青酸には適確な中和剤がないのですから、貴女がダンネベルグ夫人と同じレモナーデを飲んだにしても、あながちそれには、例題とする価値はないでしょう」と法水は、彼女を安堵させるためにまず前提をおいてから、「ところで、貴女はあの夜、神意審問会の直前にダンネベルグ夫人と口論なさったそうですが」

「ええ、しましたとも。ですけど、それについての疑念なら、かえって私の方にあるくらいですわ。私には、あの方が何故お怒りになったのか、てんで見当がつかないんですの。実は、こうなのでございます」と伸子は躊わず言下に答えて、いっこうに相手を窺視するような態度もなかった。