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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

で、その洋橙が載っていた、果物皿と云うのがこれなんだがね」

そう云って熊城は、寝台の下から銀製の大皿を取り出した。直径が二尺近い盞形をしたもので、外側には露西亜ビザンチン特有の生硬な線で、アイ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)ソウフスキーの匈奴族馴鹿狩の浮彫が施されていた。皿の底には、空想化された一匹の爬蟲類が逆立していて、頭部と前肢が台になり、刺の生えた胴体がくの字なりに彎曲して、後肢と尾とで皿を支えている。そして、そのくの字の反対側には、半円形の把手が附いていた。その上にある梨と洋橙は全部二つに截ち割られていて、鑑識検査の跡が残されているが、無論毒物は、それ等の中にはなかったものらしい。しかし、ダンネベルグ夫人を斃した一つには、際立った特徴が現われていた。それが、他にある洋橙とは異なり、いわゆる橙色ではなくて、むしろ熔岩色とでもいいたいほどに赤味の強い、大粒のブラッド・オレンジだった。しかも、その赭黒く熟れ過ぎているところを見ると、まるでそれが、凝固しかかった血糊のように薄気味悪く思われるのであるが、その色は妙に神経を唆るのみのことで、勿論推定の端緒を引き出すものではなかった。