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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
気づかない方がむしろ当然だと云いたいくらいなのだよ。そうすると、ダンネベルグ夫人が倒れるとすぐ、伸子が隣室から水を持って来た――という事が、あるいは伸子に疑惑をもたらすかもしれない。つまり、それ以前既に、彼女は室を出ていて、あらかじめこの事を予期していたために、水を用意していた――とも云えるだろう。けれども、勿論この推測は、ある行為の可能性を指摘したまでの話で、当然証拠以上のものでないのだよ」
「たしか、この微孔は犯人の細工には違いあるまいがね」と検事は深く顎を引いたが、問い返した。「けれども、あの時ダンネベルグ夫人は、算哲と叫んで卒倒したのだったぜ。たぶんそれが、あの女の幻覚ばかりのせいじゃあるまいと思うよ」
「明察だ。けっして、単純な幻覚ではない。ダンネベルグ夫人は、たしかリボーのいわゆる第二視力者――つまり、錯覚からして幻覚を作り得る能力者だったに違いない。それは、聖テレザにも乳香入神などと云われているんだが、薫烟や蒸気の幕を透して見ると、凹凸がいっそう鮮かになり、またその残像が、時折奇怪な像を作ることがあるのだ。つまり、この場合は、両端の蝋燭から見て内側にいる二人――つまり、鎮子とクリヴォフ夫人との顔が、凝視のため複視的に重なり合ったのだろう。