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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

とそこで言葉を截ち切って、法水は鋭く旗太郎を見据えた。「しかし、この襟布には、勿論誰の顔も現われてはいません。けれども、いずれこの事件の恐竜は、鎖の輪から爪を引き抜くことが、できなくなってしまうでしょう」

汗まみれになった旗太郎には、このわずかな間に、胆汁が全身に溢れ出たのではないかと思われた。すでに、怒号する気力も尽き果てて、ぼんやりあらぬ方を瞶めている。が、やがて、フラフラ揺れている身体が棒のように硬くなったかと思うと、喪心した旗太郎は、顔を水平に打衝けて卓上に倒れた。それを法水が室外に連れ去らせると、セレナ夫人も軽く目礼して、その後に続いた。そうして、伸子一人が残された室内には、しばらく弛みきった、気懶い沈黙が漂っていた――ああ、あの異常な早熟児が犯人だったとは。そのうち、歩き廻っていた法水が座に着くと、組んだままの腕をズシンと卓上に置き、意味ありげな言葉を伸子に投げた。

「ところで、あの黄から紅に――ですか、僕はあくまでその真実を知りたいのですよ」

すると、そのとたん彼女の顔が神経的に痙攣して、恐らく侮蔑と屈辱を覚えたとしか思われぬような、潔癖さが口をついて出た。