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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

と云うのは、その――投げ出した、左手から左足までが一文字に垂直の線をなしていて、右手と右足とが、くの字形にはだけ、なんとなく全体の形が、Kobold のKを髣髴とするもののように思われたからである。それが、扉口から三尺ほど前方の所を足にして、斜右に仰向けとなって横たわり、しかもレヴェズやクリヴォフ夫人と同じよう、悲痛な表情をしていて、それにはいささかも恐怖の影はなかった。屍体には、右の顳にひどい弾丸の跡が口を開いていて、敷物の上に、流れ出た血がベットリこびり付いているが、外出着を着て手袋までもつけたところを見ると、あるいは法水の許を訪れようとして、突然狙撃されたのではないかと思われた。なお、兇行に使用された拳銃は、扉の外側――把手の下に捨てられていて、その扉には、外から起倒閂が掛っていた。けれども、この局面には一つの薄気味悪い証言が伴っていて、それから陰々と蠢くような、ファウスト博士の衣摺れを聴く思いがするのだった。

――ちょうど二時頃銃声が轟いたので、館中がすくむような恐怖に鎖されてしまって、誰一人現場に馳せつけようとするものはなかった。すると、それから十分ほど経つと、隣室で慄えていたセレナ夫人の耳に、扉を閉めて掛金を落した音が聞えたと云うのである。