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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

もともと伸子は、あの乾板盗みを、ふとした悪戯気から演ったのだろう。けれども、その内容を知った時に、恐らく伸子は、魔法のような物凄い月光を感じたに相違ない。その突如として起った、絶命――喪心――宿命感、そう云った感情が十字に群がってきて、それまでの心の平衡を保たせていた、対立の一方が叩き潰されたのだ。そして、それがあの破壊的な、神聖な狂気を駆り立てて世にもグロテスクな爆発を惹き起させたのだよ。しかし、僕はけっして、伸子を悖徳症とは呼ばないだろう。あれは、ブラウニングの云う運命の子、この事件は、一つの生きた人間の詩――に違いないのだ」そう云って法水は、澄みきった聰明そうな眼色で検事を顧みた。「ねえ支倉君、せめて、最後の送りだけでも、この神聖家族の最後の一人に適わしいよう、伸子を飾ってやろうじゃないか」

こうして、メディチ家の血系、妖妃ビアンカ・カペルロの末裔、神聖家族降矢木の最後の一人紙谷伸子の柩は、フィレンツェの市旗に覆われ、四人の麻布を纏った僧侶の肩に担がれた。そして、湧き起る合唱と香煙の渦の中を、裏庭の墓※をさして運ばれて行ったのである――閉幕。