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こくてん

黒点

豊島 与志雄

――或る青年の「回想記」の一節――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页

青空文庫

そのうちに私達は、或る形態の知れない圧迫を外部から感ずるようになった。

隣家へ警察の者がやって来て寺田さんの書物を押収していったのは、十日過ぎのことだった。それから間もなく、私の家へも刑事がやって来て、寺田さんのことを――私達と懇意になった初めの頃からのことや寺田さんの平素のことなどをこまかく聞き訊した上に、もし寺田さんが姿を見せたらすぐに届出るようにと云い置いていったそうである。

「お前は何を誰から聞かれようと、知らない知らないと、それで頑張り通すんだぜ。」と父は私に云った。

「そうだ、うっかり何か饒舌っちゃいけないよ。」と母も云った。

それから母は、台所の縁の下の酒甕のことをしきりに気にしだした。そんなことじゃないと父が云っても、母は始終その方へ気を取られるらしく、姉とくどくど相談してることもあった。それでも酒甕はやはり元のままで、沸々と新らしい濁酒を醸し出していた。

大人って馬鹿なものだな、何をびくびくしてるんだろう、とそんな風に私は考えていた。

或る日私が学校から帰ってくると、途中で、汚い身装をした労働者風な男が、にこにこ愛相笑いをして近づいて来た。