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こくてん

黒点

豊島 与志雄

――或る青年の「回想記」の一節――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页

青空文庫

」

お清は怒った風をしながらも、笑顔をして私の方へよくやって来てくれた。が話は別になかった。

黙ってじろじろ私の方を見てる客もあった。

向うの植木の影からわざわざ顔をつき出して、私の方を覗いた女給があった。

二階に通ずる階段から、足音も立てないでひょっこりお新が降りてきた。私は思わず首を縮めた。

間もなくお新はまた出て来て通りかかった。と、不意に立止って私の方を見つめた。お清が立って、何やら耳元に囁いた。お新は蒼白い微笑をした。そしてつかつかと私の方へやって来た。

「早くお帰りよ。」

それだけ小声で云って、睥みつけもしないで、澄した顔で二階に上っていった。

いつものお新とはまるで違った感じを私は受けた。姉でも何でもない他人のような気がした。私の方でも意趣晴しなどということをすっかり忘れていた。

その後お新はも一度二階から降りて来た。然し往きも戻りも、私の方へちらちらと眼をやったきりで、何とも思っていない様子だった。私の方では、姉の立派な姿に感心さえした。

珈琲もお菓子も無くなると、お清は大きなコップに麦稈のついてるやつを持って来てくれた。口の中ですーっと消えて無くなるような飲物だった。