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こくてん
黒点
豊島 与志雄
――或る青年の「回想記」の一節――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页
」と母は尋ねた。
「どうもこうも……ばかばかしい話さ。俺達のような、期限がきて解雇された者あ、ほんの僅かきり集ってやしねえ。臨時解雇の者ばかりなんだ。ところが彼奴等あ、まだ金が下ってねえって始末だろう。そう強えことばかりも云えねえわけさ、ぐずってばかりいてつまらねえから、俺あ先に帰ってきた。」
「だからさ、ごらんな、わたしが云った通りだろう。初めから出かけていくのが間違ってるよ。でもまあ、巻き込まれなくてよかったよ。」
「うむ……。向うでもうまくやったものだ。おしつまって金を渡す、そうすりゃあすぐ正月だ。何だ彼だ云ったって、うまくいくわけのものじゃあねえ。……だが、寺田さんも黒幕の一人だから、何とかなるかも知れねえが……。」
「寺田さんもそうかい。」
「うむ。」
私はぼんやり聞いていたが、その寺田さんという言葉に、はっきり眼がさめてしまった。然し父母の話は、私の頭ではよく分らない事柄に及んでいったし、声も低くなっていった。そのうちに、父はも少し酒を飲みたいと云い出した。
不思議なことには、その晩母は少しも逆らわなかった。平素なら、夜遅くなって父が酒を飲み出したりすると、母は頭から小言を浴せて、飲んだくれだの碌でなしだのと叱りつけるんだが、その晩に限って何とも云わないで、台所から一升壜まで持ち出してきた。