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いさましいはなし
いさましい話
山本 周五郎
「講談雑誌増刊号」博文館、1950(昭和25)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,835 字 · 73 页
あけてみると十三夜あたりのきれいな月が出ていた。
玄一郎は立って、納ってあった横笛の箱をとり出して来た。竹子が古いかと思ったが、音を調べてみるとさしてわるくもない、灯を消し、窓をいっぱいにあけた。青白く水のようにさしこむ光りのなかに坐って、やや暫く月を見あげていたが、やがて彼は静かに歌口をしめし、三条古流でゆるしものとなっている猩猩の曲を吹きはじめた。
ふしまわしというものの殆んどない、ごく単調な、色彩の乏しい曲である。一節一節が長く、ゆるやかにひょうびょうとして、音楽というより自然の声のように聞える。
名人が奏すれば神が顕われるといわれているが、むろん玄一郎にそれだけの心得はない。ただ虚心に、月光のなかへ溶けいる思いで吹いた。
曲が終って笛を膝に置いたとき、うしろでかすかに嗚咽の声がした。振返ってみると、縁側に松尾が坐っていた。低くうなだれて、両手で顔を押えて、ひそめた声で啜り泣いている。玄一郎は黙って見ていたが、やがて、静かに、「どうしたのか――」ときいた。
松尾は懐紙を出して涙を拭き、そっと膝で座敷へはいって来た。
「あまり曲が美しいので、なんですか胸がいっぱいになってしまいましたの、初めてうかがいましたけれど、なんという曲でございますの」