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おかよ
おかよ
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1942(昭和17)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,116 字 · 19 页
一
一
――ああこんどこそ。
おかよは縁台から立った。からだじゅうの血がかっと頭へのぼるようで、足がぶるぶるとひどくふるえた。跫音はまっすぐに近づいて来た。そして、すこし葭簾のはねてある入口からしずかにはいって来たのは、やっぱり待っていた弥次郎であった。おかよは全身が燃えるように感じ、舌が硬ばって、すぐにはものも云えなかった。弥次郎も黙っていた。……そとは星空で、まだ宵明りものこっていたが、葭簾で囲った小屋のなかは暗かった。
「よう来てくださいました」
おかよがやっとそう云った。弥次郎はちょっと身うごきをし、いつもの気弱そうな、ぶっきらぼうな調子で口ごもった。
「すぐお屋敷へ帰らなければ……」
「ええわかってます」おろおろとおかよはうなずいた。
「御用が多いものだから」
「わかってますわ、それだからあたし」おかよは男の言葉をさえぎって、手早く袂から小さな包み物をとりだした、「あたし、これを、これを持って来ましたの」
「……なんです」
「お札、お札なんです、戦場へいらしったらお肌へ着けて頂きたいと思って」
「……いや、わたしは多分、……わたしは、行かないで済むかも……」