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おごそかなかわき
おごそかな渇き
山本 周五郎
「朝日新聞日曜版」 1967(昭和42)年1月8日~2月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,042 字 · 71 页
四
「あそこよ」とりつ子が上のほうを指さして云った、「あの煙のあがっているところが父さんの小屋よ」
四
枯れた細い笹の束で四方を囲い、なにかの木の皮で屋根が葺いてあった。小屋の中央に土を掘った炉があり、床板はなく、地面の上へじかに藁を重ね、その上に蓆が敷いてある。人はその蓆に坐り、寝るときは蓆を掛けるだけであった。――炉には三本の錆びた鉄棒が組んであって、これも錆びた古鎖で吊った、平べったい鉄鍋が掛かってい、鍋の中には直径二十センチほどの、まるくて濃い茶色の、餅のような物が、香ばしい匂いをたてながら焼かれていた。
竹中啓吉は四十から四十五歳くらいにみえた。陽にやけた肌は黒く、ひき緊った逞しい躯つきで、おもながで意志の強そうな顔に、黒くて太い眉毛が際立っていた。継ぎはぎのある綿入の布子半纒に、色の褪せた綿入の股引をはき、よれよれの帯をしめた姿は、現代ばなれがしていて、歴史の中からうかびあがってきた、山男そのままのように思えた。
「そうです、私は東京から逃げだしました」竹中は生まの篠竹で作った、手製の長い箸で、鍋の中の物を動かしながら云った、「――あそこはソドムとゴモラです、人間らしく生きようとする者に、住めるところじゃありません」