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おごそかなかわき

おごそかな渇き

山本 周五郎

「朝日新聞日曜版」 1967(昭和42)年1月8日~2月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,042 字 · 71 页

青空文庫

六

そういう汚濁の中でこそ、人間は生きることができ、なにかを為そうという勇気をもつのではないか。

――東西の神話はみな混沌から始まっている、いまでも混沌の中で人間はうごめき、なにかを為そうとして汗を流す、ソドムとゴモラ、それこそおれの求めるものだ。

松山隆二はそう思った。しかし、本当にそうだろうか、そういう汚濁の中で、本当に生きる精神力があるだろうか、彼はそっと呻いた。

「どうです」とねむたそうな声で竹中が問いかけた、「いっそのことぼくたちといっしょにブラジルへゆきませんか」

隆二は答えなかった。

「もう眠っちまったのかな」と竹中は独り言を云って、寝返った、「――若い者は暢気なもんだな」

六

強い風が吹いたり、やんだりし、ちらちらと粉雪が舞ったり、急に晴れてあたたかく陽が照ったりした。勾配の急な、細い坂道をおりてゆきながら、枯れた芒のざわめきや、林の揺れる枝音を聞き、狭い谷間の静かなけしきを見やり見やり、松山隆二は陽が照ってくると眼を細めたり、粉雪が舞いだすと背広の衿をかき合わせたりした。

「あの林の木々は、それぞれうたったり、嘆いたり、訴えたりしている」と彼は呟いた、「一つとして同じ嘆きや唄や悲しみはない、――みんなそれぞれ違った個性をもっている、しかし、それはほかの木には理解されることがない。