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おごそかなかわき
おごそかな渇き
山本 周五郎
「朝日新聞日曜版」 1967(昭和42)年1月8日~2月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,042 字 · 71 页
網元と船子という情緒的な関係は、大資本の機械的な合理性に踏みつぶされる、それは眼に見えるようだ、と隆二は思った。そして全財産を投げだしたのだ。
「松山船長はいい人だった」と彼は呟いた、「あの人はそのまえにもうN漁業と契約ができていた、そうして、残った漁師みんなを引受けてくれた、N漁業からたっぷり金が出たそうだが、それで悪い噂も立ったけれど、漁師たちのおちつき先もきまったのだからな、いい人だ、本当はみんなのためにいいことをしてくれた」
中島才太郎は第二明昭丸の漁撈長だった。鮪を捕りに印度洋までゆき、満船になったので帰る途中、突風にやられて船は沈没した。二十三人の乗組員はぜんぶ救助され、ギリシアの貨客船で帰国したが、中島漁撈長だけは帰らなかった。船長の吉沢又吉の話では、土地の人たちに漁法を教えるのだと云ってきかず、セイロン島のどこかに居残った、ということであった。
「満船の鮪を失ったのがよっぽどくやしかったんだろう」と隆二は呟いた、「――二十五年も漁撈長をして、いつもどの船より漁獲高が多かったという、網元への申訳なさもあったろうが、干飯崎きっての漁撈長という二十五年の自尊心のほうが強かったのではないか。