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おごそかなかわき

おごそかな渇き

山本 周五郎

「朝日新聞日曜版」 1967(昭和42)年1月8日~2月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,042 字 · 71 页

青空文庫

どこにでもいるだろう、つまり現在の状態を変えたくない、という気持から出るものだろうね、物理学の初めに、物体は外から力を加えられない限り、その位置を変えようとしないという」

「いいだ、いいだ、おめえは、東京で中学校の先生をしていたってえからな」油屋は酒を啜りながら片手を振った、「おらあ学問もねえし、物理学なんてものはちんぷんかんだが、人間だって自分の土地を持ち家を持って、そこに何代でもおちつこうってえ考えがあるだろう、物体なんてひちむずかしいことをもちださねえでも、人間さまだって、そこに根を据えてえっていう、本能があるんじゃねえのかい、先生」

りつ子は炉に掛けた鍋をおろし、味噌汁の鍋を掛けた。松山隆二は炉の片方に坐って、二人の会話を聞きながら、頭の中ではまるで違うことを考えていた。――りつ子は父親を好かないという、それが事実かどうかは、誰にも判断のつかないことだろう、けれども現実には存在することだし、それは人の力ではどうしようもないことだ。とすると、それをつなぐのはなんだろう。人間が人間を嫌い、好き、愛したり憎んだりする「本質」はなんだろう。東西の神話がいずれも混沌から始まっていること、ソドムとゴモラという想定の生れるのは、ここから出ているのではないか。