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おごそかなかわき
おごそかな渇き
山本 周五郎
「朝日新聞日曜版」 1967(昭和42)年1月8日~2月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,042 字 · 71 页
「それでお父さんはブラジルへゆく気になったんだね」
「どうかしら」少女はつんとした口ぶりで云った、「あたしはそうは思わないわ」
「ほかにわけでもあるの」
りつ子は暫く黙っていてから、あの女のせいよ、となにかを投げつけるように云った。隆二は、どうして、ときこうとしてやめた。少女十四歳、むずかしいとしごろだ。父親が再婚する、というだけで、相手の女性に本能的な嫉妬を感じているだけだ。ブラジルへゆこうと東京へゆこうと、その感情に変りはないだろう、と思ったからであった。
坂をおりきった林の中に農家があり、老人夫婦が白菜畑へ鍬を入れていた。老人は垢だらけの疎な茫髪に、継ぎはぎだらけの布子に股引をはき、老婆はくの字なりに腰が曲っていた。
「だめだね」老人は隆二の頼みを聞くと、訛りのある言葉で舌ったるく答えた、「――旅の者にはひどいめに幾たびもあってるだでな、この辺じゃあ旅の者を泊めるうちはねえだよ」
「そのな」と老婆が云った、「ここから少しさがると藁小屋があるだよ、へたな蒲団よりよっぽどあったけえもんだ、少し藁臭えけんどな」
老人はふきげんに、よけいなことをいうな、とでも云いたげにそっぽを向いていた。