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おせいとうじょう
お勢登場
江戸川 乱歩
「大衆文藝」1926(大正15)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,784 字 · 24 页
おお、そこには一体何があったのであるか。
それは影の様におぼろげに、狂者の筆の様にたどたどしいものではあったけれど、よく見れば、無数の掻き傷の上を覆って、一字は大きく、一字は小さく、あるものは斜めに、あるものはやっと判読出来る程の歪み方でまざまざと、「オセイ」の三文字が現れているのであった。
「姉さんのことですね」
格二郎は凝視の目を、そのままおせいに向けて、低い声で云った。
「そうですわね」
ああ、このように冷静な言葉が、その際のおせいの口をついて出たことは、何と驚くべき事実であったか。無論、彼女がその文字の意味を知らぬ筈はないのだ。瀕死の格太郎が、命の限りを尽して、やっと書くことの出来た、おせいに対する呪いの言葉、最後の「イ」に至って、その一線を劃すると同時に悶死をとげた彼の妄執、彼はそれに続けて、おせいこそ下手人である旨を、如何程か書き度かったであろうに、不幸そのものの如き格太郎は、それさえ得せずして、千秋の遺恨を抱いて、ほし固って了ったのである。
併し、格二郎にしては、彼自身善人である丈に、そこまで疑念を抱くことは出来なかった。単なる「オセイ」