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おせいとうじょう
お勢登場
江戸川 乱歩
「大衆文藝」1926(大正15)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,784 字 · 24 页
六
の三字が何を意味するか、それが下手人を指し示すものであろうとは、想像の外であった。彼がそこから得た感じは、おせいに対する漠然たる疑惑と、兄が未憐にも、死際まで彼女のことを忘られず、苦悶の指先にその名を書き止めた無慙の気持ばかりであった。
「まあ、それ程私のことを心配していて下すったのでしょうか」
暫くしてから、言外に相手が已に感づいているであろう不倫を悔いた意味をもこめて、おせいはしみじみと歎いた。そして、いきなりハンカチを顔にあてて、(どんな名優だって、これ程空涙をこぼし得るものはないであろう)さめざめと泣くのであった。
六
格太郎の葬式を済ませると、第一におせいの演じたお芝居は、無論上べだけではあるが、不義の恋人と、切れることであった。そして、類なき技巧を以て、格二郎の疑念をはらすことに専念した。しかも、それはある程度まで成功した。仮令一時だったとはいえ、格二郎はまんまと妖婦の欺瞞に陥ったのである。
かくておせいは、予期以上の分配金に預り、息子の正一と共に、住みなれた邸を売って、次から次と住所を変え、得意のお芝居の助けをかりて、いつとも知れず、親族達の監視から遠ざかって行くのだった。