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このこをのこして

この子を残して

永井 隆

「この子を殘して」大日本雄辯会講談社、1948(昭和23)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,102 字 · 203 页

青空文庫

――私の布団を押し入れから引きずり出し、まだ残っている父のにおいの中に顔をうずめ、まだ生え変わらぬ奥歯をかみしめ、泣きじゃくりながら、いつしか父と母と共に遊ぶ夢のわが家に帰りゆくのであろうか? 夕日がかっと差しこんで、だだっ広くなったその日のこの部屋のひっそりした有様が目に見えるようだ。私のおらなくなった日を思えば、なかなか死にきれないという気にもなる。せめて、この子がモンペつりのボタンをひとりではめることのできるようになるまで……なりとも――。

――こんなむごい親子の運命は早くから予想されておらぬでもなかった。私が大学を出て放射線医学を専門に選び、ラジウムやレントゲン線などを用いる研究に身を入れようと心に決めたとき、実はすでに多くの先輩の学者がこの研究で毎日とりあつかう放射線によって五体をおかされ、ついに科学の犠牲となって生命をおとしたことを詳しく知っていたので、あるいは私もまた同じ運命におちいるのではあるまいか、という予感があったのである。しかしながら、それは決定的な運命ではなかった。放射線災害予防については、それらの貴い先輩の犠牲のおかげで、次第に有効な方法が考え出されていたし、従事する私らも十分な注意をしていたからである。